ひとりごと3

 

このたびの連続テロ事件で、ニューヨークの世界貿易センターが2棟とも崩壊して、何千人という犠牲者を出しました。その痛ましいニュースの中に、第1ビル(北タワー)の78階で勤務していた一人の視覚障害者が、無事避難したという話題が伝わってきました。9月21日付「毎日新聞」が報じたものです。

話題の主は、マイケル・キングソンさん(51歳)です。彼は先天盲ですが、盲導犬のロジェル(2歳半)を伴って、昨年3月からそのビルの78階の会社に勤め、企業向けに録音テープをおこす仕事をしていたのでした。記者の質問に対して、彼は「飛行機が突入した際、信じられないような大きな音がして揺れを感じた」と答えています。その直後「すぐ上の階から炎が上がっている」と同僚に教えられ、たくさんの瓦礫が落ちてきたり、ジェット燃料の匂いが立ち込めてきたりして、辺りが騒然とする中で、避難を始めたのでした。ロジェルと共に避難階段を1歩1歩下りて行って、約50分後やっと地上にたどり着くことができました。そして瓦礫とガラスや書類の散乱する中を約200メートル東へ行ったところで、第2ビル(南タワー)が崩壊したそうです。彼は粉塵で真っ白になりながらも、傷一つなく無事だったということです。

彼は避難の途中40階付近ですれ違った多数の消防士と警察官が、「だいじょうぶですか」と声をかけてくれた。うなずくと上の階を目指して行ったが、あの人たちが気がかりだ、とも話しています。

私はこの記事を読み終えてなんとなくほっとしました。想像もつかないような混乱の中を視覚障害者が避難しえたということに対する安堵感だったのかも知れません。それから「さすがにアメリカだなあ」と思いました。世界貿易センターと言えば、資本主義社会のシンボルとも言われ、110階・410メートルもあり、超一流の会社ばかりが入っているビルでしょう。そんな中で視覚障害者が働いていたということに対して、自然にアメリカだなあと思えたのかも知れません。

この人は運が良かったとも言えるでしょう。しかし運が良かったというのは、その人の判断も良かったということになると思います。

デイケア施設「レモンの木」の利用者は皆視覚障害者です。職員にも私をはじめ、視覚障害者がたくさんいます。21世紀を迎えるに当たって、私達は「新世紀は平和な世界であるように」と祈りました。しかし、20世紀とはまた質を異にした暴力が迫ってきています。私たちも何時どのような災害に遭うかわかりません。そんなときにはマイケル・キングソンさんのように、一人で対処できる人間でなくてはなりません。そのために必要なものは、単独でも動ける行動力を見につけることと、事態に冷静に対処できる判断力を養うことです。

「レモンの木」は、そんなことをも目指す施設でありたい。私の夢はそんな願いと祈りです。

阿佐 博


→リストに戻る     

 

→レモンの木のトップへ